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【コラム】このヒトに会いたい

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K・Iさん

私にとっては、とにかく優しいお母さん
ご自身が高校生の時に、母親が統合失調症を発症した経験をもつK・Iさんにお話をうかがいました。

福祉広報 2014年4月号 くらし今ひと

 

部活に思いっきり打ち込みたかったけれど

高校1年生の終わりのことです。母の様子が急におかしくなりました。「夫が浮気している」「義母が自分のタンスを勝手に開けている」等・・。ガスをひねって自殺未遂をしたこともありました。父が、あわてて病院に連れて行き、母は入院することになりました。統合失調症でした。ただ、私は、父から「躁うつ病みたい」と聞かされていました。

私が通っていた高校は進学校で、2年生が部活の中心でした。私は、バスケットボール部に入っていて、周りの友人や先生から、部長になるものと期待されていました。ですので、家の事情で難しくなったと言っても、なかなかわかってもらえず、友人たちを説得するのが大変でした。母が入院してからは、3時30分くらいまで、アップやパスの練習をして、途中で部活を抜け、買い物をして、夕飯を作る生活でした。体力的には、部活をしてからご飯を作ることもできたと思いますが、同居していた祖母は、せっかちで、5時にはご飯を食べないと落ち着かない人でした。また、祖母は体が弱く、父は仕事で帰りが遅く、妹は受験生という状況でしたから、自分がやるしかないと思っていました。ただ、正直なところ、「部活に、もっと思いっきり打ち込みたい」という気持ちはありました。それに、母がいつ退院するかわからず、先の見通しが立たないことが、とても不安でした。

家庭が不和になることが不安だったけれど

たぶん最初は、母が閉鎖病棟に入院していたこともあるのでしょう。父から、子どもは病院に行かない方がいいと言われており、私は、一度も見舞いに行きませんでした。ただ、父は、毎週欠かさず通っていました。

1年近くたって、私が高校3年生の時、母は退院しましたが、まだ不安が強い状況でした。昔は、精神的な病への偏見も強かったので、嫁である母が家を追い出されてしまわないか、父との関係が悪くなるのではないかと、とても不安でした。というのも、私は小学生の時、母の実家に遊びに行って、母の妹が精神的な病気で、長期入院をしていると気づいていたのです。でも、そのことは、父も祖母も知らず、私も誰にも話したことはありません。だから、母は家族のことを隠して結婚していたんだろうと思っていました。

母がまた入院

母がこういう病気ですと、私も、結婚するのは難しいかなと思っていましたが、縁あって結婚することになりました。その際、1人で、母の主治医に、子どもに遺伝する可能性について、聞きに行きました。不思議なことに、自分が発症するかもしれないということは考えずに、子どものことばかり心配していましたね。
黙って結婚することはできないと思っていましたので、結婚相手には母の病気を伝えました。相手は、「気にしない」と言ってくれましたが、自分の親には話さなかったようです。
しばらく穏やかな生活が続きましたが、今度は、妹が発症しました。在宅で妹をみている母は、とてもストレスだったと思いますが、それなりに付き合っていました。ところが、妹が最悪の事態を免れて、回復し始めると、今度は母の調子が悪くなりました。ちょうど、私が第一子を生んで、貧血でふらっとしたのをみて、不安が強くなったようです。母は入院し、私は半年間、乳児を育てながら、妹の面倒をみました。


振り返ってみると、色々なことがありましたが、私にとって、母は、「とにかく優しいお母さん」です。それは、入院しているときの姿を見ておらず、帰ってきたら元通りになっていたからかもしれません。その意味では、父に守られていたなと思います。

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