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【コラム】このヒトに会いたい

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中山 健太

KENTA NAKAYAMA

 

中山健太さん

里子として育ったからこそ、他の人とは違う自分だけの人生
養育家庭で育ち、養育家庭出身者が共同生活を送る“下宿屋”を作るという夢をもつ中山健太さん(22歳)にお話をうかがいました。

福祉広報 2012年4月号 くらし今ひと

 

いつの間にか「おやじ」「おかん」に

早くに両親を亡くし、親戚宅、児童養護施設、里親、また児童養護施設にと、色んなところに行きました。その後、小学1年生のときに今のおやじとおかんのところに行きましたが、正直、「また違う場所に変えられたか」という気持ちでした。その頃のことで覚えているのは、おやじにいつもぶっ飛ばされていたこと。おやじにぶっ飛ばされて、母が慰めるというパターンでした。今振り返れば、バス旅行に連れて行ってもらったりしていたので、生活をもっと楽しめば良かったと思うんですが、感情自体が分からなくなっていて、それに気付けなかったという感じです。

小学校では、本来の姓の「中山」ではなくて里親の苗字を使っていました。学校で「俺は、本当は中山健太だぞ」と言ったら蔑まれて…。小、中学校のときは、友達と仲良くなりたくてぶつかっていくけれど、相手がひいちゃうって感じでした。

おやじとおかんの元でも、全てをうらむような気持ちは消えず、中学生の時に児童自立支援施設に入りました。今思うと、おかんは、児童自立支援施設の行事の時に来てくれたり、手紙をくれたりしていたけれど、その時は「何でかな」って感じでした。その後、おやじとおかんが「戻ってきてもいい」と言ってくれたのが、自分が変わるきっかけになりました。きれいごとでなくぶつかってくれて、しつこく付き合ってくれたなと思います。「おじさん」「おばさん」から、いつの間にか「おやじ」「おかん」って呼ぶようになっていましたね。

18歳の自立は、本当に厳しいこと

その後、18歳になって養育家庭が解除になり、1人暮らしを始めました。今は、おやじとおかんのところで下宿代を払って、住まわせてもらっています。

おやじとおかんは、自分の後、計20人くらいの里子を育てていて、正月は、歴代の里子が集まります。今年、元里子の1人が「寂しいなあ、皆と一緒に暮らしたいなあ」というメールをくれました。そこで初めて彼の心の奥底の叫びに気付きびっくりしました。18歳で自立するというのは、本当に厳しいことです。自分も最低限生きていくことはできたけれど、つらくて、寂しかった。だから、養育家庭出身者が共同生活をする下宿屋を始めたいと思っています。人間それぞれ心の支えが必要で、下宿屋が居場所と同時に自立への通過点になるといいと思っています。

自分は、たまたま、ぶつかって失敗し、ぶつかって失敗し、ということができたから良かったと思います。でも、自分は学校を犠牲にしてアルバイトでお金を貯めて、社会に出るために必要なマニュアルの運転免許を取りました。週5日夕方5時から夜10時までアルバイトでくたくたで、勉強は頭に入りませんでした。学校を犠牲にしないでも、社会に出るために必要な資格を取るなどの支援があればいいと思います。

今は、障害がある人の送迎や介助の仕事をしています。自分も差別されたから、障害がある人達が「自分らしく」いられるようになるといいと思っています。「障害を持っているから何とか」とか、「親がいないから何とか」とか、そういうことがなくなるように、自分たちのことを国に理解してほしいし、周りや地域にも理解してほしいです。そのために、色々な人と一緒に社会を変えていく土台を作りたいです。

今は、「里子として育ったからこそ、他の人とは違う自分だけの人生を送っている」と思っています。でも、もう少し親ってもんを知りたかった…という気持ちもあります。

知ろう

 

 

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