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【コラム】このヒトに会いたい

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島川 慎一

SHINICHI SHIMAKAWA

ウィルチェアラグビー日本代表

ウィルチェアラグビーは、自分の人生そのもの
ロンドンパラリンピックで4位の成績を残したウィルチェアラグビー日本代表選手の島川慎一さん。21歳の時に交通事故で、車いすとなってからの生活についてお話を伺いました。

福祉広報 2014年12月号 くらし今ひと

 

苦手だったチームスポーツで日本代表選手に

ウィルチェアラグビーとの出会いは1999年です。車いす生活になってから2年程経った頃でした。幼い頃からチームスポーツの経験がほとんどなく、その時は陸上競技を少しやっていました。正直その時はあまり人と関わりたくないと思っていて、知り合いに誘われたから練習を見に行っただけでした。しかし、車いす同士でぶつかり合う様子を見て、一瞬で「面白い!」と思いました。それまでは、車いすでぶつかり合うという概念が自分の中にありませんでした。
それからすぐにチームに入って練習に通い、2001年に日本代表に選ばれました。その後、大分から関東のチームに移り、2004年のアテネパラリンピック、2008年の北京パラリンピック、2012年のロンドンパラリンピックに出場しました。また、アメリカのチームで計4シーズンプレーをしました。そこでは2度リーグ優勝して、年間MVPにもなりました。まさか、苦手と思っていたチームスポーツに自分がここまでのめりこむとは思ってもいませんでした。

アメリカと日本の違い

アメリカのチームから誘いを受けた時は、日本の会社に常勤で勤めていたので、会社を辞めて渡米しました。アメリカでは、選手兼監督の家で生活しました。英語は話せなかったので、生活しながら身に付けました。車いすで生活する上では、アメリカはバリアフリーが当たり前の社会なので、制限されることは少なかったです。また、知らない人でもさりげなく声をかけてくれるので困った時は頼むことができ、「大丈夫」と言えばそれ以上踏み込んでくることもないので本当に過ごしやすかったです。
アメリカと比べると日本は今、バリアフリーの意識が広がっている段階だと思います。それはとても良いことだと思いますが、現状は「特別」な場所にしかないので行く店などが制限されてしまいます。また、日本は”おもてなし“の心があるので、必要以上に手伝ってくれると感じることもあります。これから日本もアメリカのように、車いすの人も自然に生活できる社会になっていくと嬉しいです。

競技を通して 得たものは、人生

競技を始めて15年になります。この競技を通して様々な人と出会い、人として成長することができました。昔は人と関わることを嫌がっていましたが、性格も変わりました。今、ベテランと言われる年齢になり、昔の自分のような選手がチームに入ってきたら「絶対に嫌だっただろうな」と思います。だからこそ若い選手に対して思うこともあり、今は若い選手を育てていく楽しさも感じています。また、この競技がきっかけで現在の妻と出会い、7月には父になりました。本当に、ウィルチェアラグビーは自分の人生そのものだと思います。
日本はまだパラリンピックでメダルを獲得したことがありません。リオでメダルを取ることで、たくさんの人に興味をもってもらい、競技人口を増やしていくことが今の目標です。日本代表という現状を維持するために、若い選手以上の努力をしていかなければと思っています。

 
競技風景

 

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ウィルチェアラグビー

四肢に障害のある車いすの選手が行う。障害のレベルによってクラスに分けられ、コート上でプレーする4人の合計レベルが8点を超えてはいけない。相手の攻撃を妨害するためのタックルが認められている。
日本選手権大会:2014年12月19・20・21日に千葉ポートアリーナで行われる。入場無料。
日本ウィルチェアラグビー連盟●http://www.jwrugby.com/

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