うわさの施設
東京都高齢者福祉施設協議会の数ある会員(約1200施設・事業所)のうち、表彰や推薦など、名誉ある経験をもつ施設を紹介するコーナー。毎回‘うわさ’の施設を東京ケアリーダーズが訪問し、お話を伺います。
今回は、「アクティブ福祉in東京'25」で優秀賞を受賞された特別養護老人ホーム 等々力の家にお話を伺いました。
2025年開催 第20回高齢者福祉実践・研究大会「アクティブ福祉 in 東京’25」
第8分科会「次世代を見据えた人材採用・育成・定着/広報戦略」優秀賞
「アクティブ福祉 in 東京'25」第8分科会優秀賞 社会福祉法人奉優会 特別養護老人ホーム 等々力の家 本気の避難訓練
階段を使ったワンフロア入居者30名の垂直避難訓練を実施した特別養護老人ホーム 等々力の家。どの動作に何分かかるのかなど、発災時に職員が留意すべき点は他施設にも汎用性が高いと評価され、「アクティブ福祉in東京’25」で優秀賞を獲得しました。今回は、発表者である施設長で介護支援専門員の多和田 真吾(たわだ しんご)さんに話を伺いました。なお聞き手は東京ケアリーダーズに代わり、広報誌「アクティブ福祉」ワーキングチームのマイライフ徳丸・長島 利恵(ながしま りえ)さんが担当しました。
本気の避難訓練~犠牲者ゼロを目指した垂直避難誘導~

〈取材の様子〉等々力の家 施設長・介護支援専門員 多和田真吾さん
――2階から出火想定で、階段を使って2階の30名を垂直避難させる訓練には驚きました。この訓練を実施したきっかけは何でしょうか?
等々力の家は2023〜24年にワンフロア30床ずつ、半年間かけて大規模改修工事を行いました。改修が終わったとき、30床で行っていた基本的なサービスはすべて見直しとなり、災害時の緊急対応に危機感を抱きました。きっかけは「60名全員避難は難しい」と、率直に感じたこと。「60名を逃がすには、まずワンフロア30名で避難訓練を行わないと」と思い、実行しました。
――ちなみに、いつもこのような大規模な訓練を行っているのでしょうか?
いえ、初めてでした。普段は、年2回以上行うお馴染みの自衛消防訓練です。ただそのときに玉川消防署に言われたのは、「火災の場合は防火扉を閉め、煙を避けるために水平移動でご入居者を階段やベランダへ。ただ消防車もすぐ来られるかがわからないから、そのときは階段から逃げてください」と。結局、垂直避難になるなと思いました。
――垂直避難を行ううえで、参考にされたものはありますか?
大学の研究なども調べたのですが、実は参考になる資料はありませんでした。というのも、既存の研究の多くは人形を使っていたからです。
担架以外に使える効果的な機器を探しましたが、車椅子の昇降機も操作のレクチャーを受けなくてはいけないため、発災時には役に立ちません。結局、日勤帯の6名で運ぶ方法を考え、機能訓練士や理学療法士の助言を得て、職員だけの模擬訓練を行いました。担架移動に4名、車椅子移動と運びにプラス2名が必要と割り出しました。
職員だけで行う事前のシミュレート訓練の様子
――改めて、当日は何人でどのように動いたのかを教えてください。
当日参加されるご入居者は、要介護度3〜5までの方。訓練でお怪我をされたら大惨事ですので、ポイントは安全性と移動速度を重視しました。参加職員は26名。車椅子の21 名は担架で避難し、歩ける 6 名は職員付き添いで避難。寝たきりの 3 名はベッドごと水平避難しました。
担架で運ぶ6名チームを2班つくり、同時に運ぶのではなく、6名ずつ順番に3ヵ所の階段を使って移動しました。他の職員はご入居者の声がけや時間計測、担架移動で頭部が下がりすぎないかなどのチェックです。一人を1階まで移動させるのにかかった時間は、2 分45秒。フロア全体で1時間以上かかりました。
――実施して気付かされたことは、どんなことでしたか?
たくさんあります。一つ目は、ベッドから担架の移動は難しく、階段までは車椅子で移動した方が速いことです。担架は階段前で車椅子と同じ高さでスタンバイすると、移動がスムーズです。同様に歩ける人も階段までは車椅子に乗せた方が、時間短縮になります。
二つ目は3階段のうち、踊り場の数が多い階段は自ずと時間がかかるということ。
三つ目は、発災時にパニックになるのは職員の方で、意外にも認知症のご入居者は非常に落ち着いていたことです。そして、要介護度3〜4の方は自然と協力動作を行っており、されるがままということはありませんでした。同様に、要介護度5の方は協力動作をまったくされないので、職員が慎重になりすぎて時間がかかる傾向が見られました。
最後は今の話に付随して、避難は要介護度5の方から順番に行うことです。全員を逃がすためには現場で迷っている時間はありません。発災したら介護度5の方を優先。これは、事前に決まりごとにしなくてはいけないなと思いました。
<実際の避難訓練。車椅子から担架への水平移動>
――事前準備で大変だったことは何でしょうか?
日々ご入居者の体調が変わることでした。ご入居者に番号を振って逃がす順番を決めていても、訓練2日前にも人の入れ替えが発生してしまう。訓練は安全第一なので、心身ともに安定している方に参加していただく必要があったからです。ご家族へのご説明、同意をいただくことは言わずもがなですが。
――データ測定に東京理科大学の方が入られました。どのようなつながりがあったのでしょう?
福祉施設の避難訓練を研究されている方が東京理科大学にいらして、「避難訓練があったらデータを取らせてください」と声をかけられていたからです。既に法人内の2施設が理科大にデータ測定を依頼しており、今回はエレベーターも使わない訓練でしたので、お願いしました。当日は7名お越しいただき、測定の他にもスマホ撮影をしていただきました。
――訓練では、外国人職員も日本人と同じマニュアルで行ったのでしょうか?
結論から言うと同じです。日本人でも外国人でも、全員同じことがやれなくてはいけない。同じマニュアルで同じ訓練を行いました。その代わり、役割を単純化しました。車椅子を持ってくる係、移動する係というように。パニックになると、国籍に関係なく一人何役もできないと思いました。
ですので、「日勤帯に発災したらあなたは指揮をする。あなたは消火器を持ってくる」と、日頃から行動を決めておかねばなりません。実際に今回は日勤時の想定でしたので、役割を単純化させるだけでスムーズに進みました。しかし、夜間帯は違います。等々力の家は、インドネシア人職員が16人います。人数が減って一人の役割が増えたとき、日勤帯と同じことがやりきれるかどうか。正直な話、自信はありません。
――今、夜間帯でのお話が出ました。今後の課題には、どのようなものがありますか?
一つ目は、夜間帯などの職員の人数が少ない場合です。今回は4人で担ぐ担架を使いましたが、2人用の担架もあります。まずそちらを試してみること。あとは今回わかったことですが、1階の階段脇に常設の車椅子が必要です。そのため担架と車椅子を4〜5台多く購入し、備えています。
二つ目は、地震などで施設にご入居者がいられなくなった場合です。その際は近くの園芸高校に避難となりますが、車椅子を押す職員がどれくらい必要なのか。また園芸高校に相談しつつ、30人規模で避難訓練を実施したいと思います。その際、地面がひび割れ、車椅子で通れないときのシミュレーションも行いたいです。
三つ目は、今回の訓練内容が他の施設でも同じようにできるかどうかです。「アクティブ福祉in東京'25」は影響があり、発表をご覧になった地域の介護施設から「次は訓練をご一緒しましょう」とお声がけいただきました。等々力の家と装備が違う施設で、同じような成果が出せるかどうか。また他施設のご利用者が等々力の家に詰めかけた際、どう対処するか。情報共有しながら、地域で連携を深めたいです。
「本気の避難訓練」が終了したときの様子
――他施設が「本気の避難訓練」を参考にするには、まずどこから手をつければよいでしょうか?
介護施設は忙しく、日々対応に追われるものです。しかし災害の備えは通常業務とは別物で、地域の共通課題です。逃がし方、連絡の仕方、助けに行くのは誰か、夜間帯の対応など、どの施設も同じ課題を抱えています。福祉施設は地域の大切な資源なので、声を掛け合い、一緒に行動してみるとよいのではないでしょうか。
また訓練マニュアルに長けた職員が、施設には1〜2名いるものです。好きな職員に任せてみるのもよいでしょう。まずは職員だけの模擬訓練から始め、そこから広げていくことです。いきなりご入居者を交えた訓練は、負荷が高いですからね。
――消防署の避難訓練で、「まずは煙を吸わないように水平移動」と言われていただけに、垂直避難の実施は驚きました。事務の私は、発災時には情報を出し入れするポンプ役となります。その話についても「かける用の電話、受ける用の電話を分ける」など、気づきがたくさんありました。本日はありがとうございました。
〈施設前での1枚〉左から マイライフ徳丸 長島利恵さん(広報誌「アクティブ福祉」ワーキングチーム)、等々力の家 多和田真吾さん
社会福祉法人奉優会 特別養護老人ホーム 等々力の家
所在地:〒158-0082東京都世田谷区等々力8-26-16
電話:03-5752-0030
- 取材:東京都高齢者福祉施設協議会 広報戦略推進委員会 長島 利恵さん(マイライフ徳丸)
- 記録・編集:横山 由希路
2025年8月(アクティブ福祉 第62号掲載)