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若年性認知症の就労の可能性

社会福祉法人マザアス

若年性認知症当事者の就労可能な労働条件を検討し、7割の方が福祉施設に再就職している事例をご紹介します。

令和2年9月7日掲載

難しい若年性認知症当事者の再就職

社会福祉法人マザアスでは、平成28年に東京都の委託を受け、日野市に東京都多摩若年性認知症総合支援センターを開設しました。その支援事業の一つとして、若年性認知症当事者の就労支援を行っています。今回は、「若年性認知症の就労の可能性」についてお伝えします。
若年性認知症は、65歳未満で発症する認知症のことです。認知症高齢者とは異なる、さまざまな課題があります。その一つが、現役世代で発症することによる経済的な課題です。平成26年度に、認知症介護研究・研修大府センターが行った認知症介護研究の報告書「若年性認知症者の生活実態及び効果的な支援方法に関する調査研究事業」によれば、発症により79%もの方が退職しています。発症の平均年齢は51.3歳です。発症によって世帯収入に減少がみられたのは59.3%で、家計状況については、「とても苦しい」「やや苦しい」という回答が40.2%に 上ります。

当事者の発症前後の就業・家計状況

では、そうした退職者の再就職支援の実態はどうなっているのでしょうか。私たち法人では、都内58か所の障害者就労支援センターにアンケートを送付して調査を行いました。有効回答が42か所から得られました。

結果は、若年性認知症の就労相談の有無は、「ある」が10件でした。そのうち、就労相談により、就職先につながったケースは1件のみでした。この結果からも、若年性認知症当事者は、働き盛りの年齢にもかかわらず、退職を余儀なくされ、なおかつ再就職はとても難しいという現状が浮かび上がってきます。

当事者の労働意欲と雇用側の労働環境がうまくマッチングすれば、実際に再就職は可能と考えられますが、これまでそうした研究はされてきませんでした。そこで今回、若年性認知症当事者の再就職の可能性と障壁を実践事例の分析をもとに明らかにしました。

 

就労可能な労働環境の四条件

私たちは、就労可能な労働環境には、四つの条件があると考えます。一つ目は、認知症について職場の理解があることです。①「認知症」イコール「就労不可」という先入観を持たず同僚として受け入れる考え方が期待できる、②当事者の障害ばかりに目を向けずにストレングスに着眼できる、③症状の違いを理解して、記憶や認知障害のサポートができる、という3点が重要です。

二つ目は、効率を第一に求めないことです。当事者は、記憶や理解の障害によって、発症する前と同じようなスピードで業務、作業を行うことが難しい傾向にあります。同様に判断力の低下などによって、外的にも内的にも刺激に大きな反応を示すことがあり、疲れやすい状態です。それから、能力以上のことを求められる負荷によって、意欲低下を招きやすい、という特徴もあります。

三つ目は、障害者雇用の実績があることです。①個々の能力に合わせた作業工程がある、あるいはその人に合わせた作業の切り出しができる、②障害に応じた環境整備やサポート方法の蓄積、ノウハウの蓄積がある、③組織の運営について長期的な視点や社会貢献の理念を持っている、という3点を備えていることが望ましいです。

四つ目は、自宅から迷わずに行ける場所であることです。当事者は、公共交通機関の乗り降りの手続きが難しく、利用が困難な場合があります。障害者の移動支援事業もありますが、利用目的は社会参加や余暇活動への参加に限られ、通勤目的では利用ができません。したがって、当事者は自力での通勤が必要になるため、この条件はとても大切です。見当識障害が認められても、住み慣れた地域の身近な場所であれば、迷わずに移動することができます。

 

再就職の実践事例

実践事例対象は、2016年4月から2019年8月までの期間に再就職の相談を受けた10名で、内訳は、男性8名(平均年齢58歳)、女性2名(同51歳)です。認知症の原疾患は10名ともアルツハイマー病でした。

方法は、仮説として立てた四つの条件を満たす受け入れ先において、再就職支援を行いました。業務は覚えやすいルーティーン作業で、単独で通勤できる範囲で再就職先を求めました。社会福祉法人には、当事者を雇用することが地域への社会貢献につながるという働きかけを行っていきました。そして、支援の過程・結果から、再就職の可能性と障壁を分析しました。

結果・考察

その結果、10名中6名が高齢者福祉施設に再就職を果たし、1名が障害者就労継続支援A型の利用につながりました。したがって、7割が就労によって経済的な問題を部分的に解決することができました。また、3名は再就職につながりませんでしたが、うち2名は有償ボランティアまたは障害者就労継続支援B型の利用で、社会参加につながりました。

再就職につながった6名の就労先は、四つの条件をすべて満たしています。この結果から、当事者の労働意欲と雇用側の労働環境のマッチングがうまくいけば、就労は可能であるといえます。

しかし、認知症に対して比較的理解のある福祉施設でも、就労に至らないケースもありました。たとえば64歳男性の場合は、条件①「認知症について理解がある」、条件②「効率を第一に求めない」、条件④「自宅から迷わずに行ける」という3点を受け入れ先が満たしていたものの、条件③「障害者の雇用実績がある」を満たしていなかったことが障壁となりました。それから43歳女性、55歳男性の場合は、当事者が道に迷うことが大きな障壁となり、雇用につながりませんでした。

 

今後の課題

こうしたことから今後の課題がみえてきました。一つ目は、若年性認知症当事者と関わる機会がないと、たとえ認知症専門の福祉施設でも、就労は不可能だと考える場合があることです。意図して当事者と接点を作っていくことが、解決につながると考えています。

二つ目は、小規模な福祉施設では、職員ひとりひとりの役割が多く、効率性が求められる場合もあることです。これについては、規模が大きく、組織の全体像を通して考えることができる施設の情報を収集していくことが必要だと考えています。

三つ目は、障害者雇用の経験がない場合、その法人内において新たな仕組みづくりに、組織的理解や時間を要することです。まずは就労を依頼することで、障害者雇用を検討してもらうことが大事だと思います。

四つ目は、原疾患が進行性の場合、迅速に支援しないと、見当識障害により就労が困難になっていくこともあるため、スピード感が求められることです。したがって、なるべく初期の段階で相談につながるように、私たち法人の存在の周知に努めていく必要性を感じています。

 

福祉施設への再就職に期待

就労可能な労働環境の条件が一つでも欠けると、就労の大きな障壁となります。福祉施設でも困難な場合がありますが、四つの条件を比較的満たしやすいといえます。また、現状では営利優先の企業は四つの条件を満たすことが難しく、就労の場は限定されます。それによって当事者や家族のご希望に沿えない場合もあります。

また、「自宅から迷わずに行ける」という条件を満たすため、当事者の職場への送迎を担うボランティアの育成など、社会資源を作っていくのも私たちの役割と考えています。まずは比較的理解のある福祉施設への再就職の好事例を積み重ね、私たちがさまざまな方面に発信しながら、若年性認知症であっても働けるという文化、考え方を広めていきたいと考えています。

 

<法人紹介>

社会福祉法人マザアス

「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」を理念に、平成6年10月に社会福祉法人設立。東久留米、日野、新宿の3拠点において、指定介護老人福祉施設や通所介護、併設短期入所生活介護など幅広い高齢者福祉サービスを提供。平成28年に東京都の委託を受け、東京都多摩若年性認知症総合支援センターを開設。若年性認知症の当事者・家族に向け、医療・社会保障・就労などの支援を行っている。

 

令和元年10月2日開催「社会福祉法人の地域における公益的な取組み実践発表会」において発表いただいた内容を編集しました。
発表者:社会福祉法人マザアス 相談員 伊藤 耕介氏